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福岡高等裁判所 昭和25年(う)1305号 判決

控訴人 被告人 金文[吉吉]

弁護人 堤牧太

検察官 長富久関与

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役壱年に処する。

原審並当審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

堤弁護人並被告人の控訴趣意は末尾添附書面記載の通りである。

第一点原審は証人姜清子の取調請求を却下し検第十二号を証拠に引用した不法ありとの点について刑事訴訟法第三百八条並刑事訴訟規則第二百四条の規定により第一審裁判所は公判廷において検察官及被告人又は弁護人に対し証拠の証明力を争うことができる旨告げねばならぬことは所論の通りであるが、本件記録によると原審公判に於て証拠の取調終了後裁判所が右告知をしない前に弁護人は自ら進み被告人の妻姜清子を証人として取調請求をしているので被告人並弁護人は証拠の証明力を争うために必要とする適当な機会を与えられており既に自ら進み右の様に取調請求をしているのであるから、裁判所は刑事訴訟規則第二百四条の規定により証拠の証明力を争うことができる旨告げなくとも同規定に違反するものとは謂えない。況んや原審裁判所は弁護人の右取調請求を却下する旨決定を宣して後訴訟関係人に他に主張立証の有無及反証の取調請求により証拠の証明力を争うことができる旨を告げているので右規定に違背している点は毫もない。

又裁判所は取調請求のあつた証人を取調ぶるか怎うかは裁判所の自由な裁量により決定せらるべきもので被告人側にとり唯一の証拠調の請求を排斥したからと謂うて訴訟手続上何等違反はなく、検第十二号姜清子の供述調書は原審に於て被告人並弁護人は共に証拠とすることに同意しており、且本件記録上右供述に任意性を疑う余地もないので原審が刑事訴訟法第三百二十六条第一項に従いその証明力は自由なる心証によつて判断し、之を公訴事実認定の証拠に供するは自由である。弁護人は被告人に反対訊問の機会を与えない書面であるから証拠とすることはできないと謂うのである。なるほど検第十二号は右却下により被告人に反対訊問の機会を与えない結果に陷つてはいるが、此の場合刑事訴訟法第三百二十条の除外例に当り日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の応急措置に関する法律第十二条の如き規定のない新刑事訴訟法による手続に於ては採用さるべき限りでなく弁護人の論旨は理由がない。

第二点事実誤認について、

本件記録によると被告人は当初から本件犯行を否認しているのであるが、然し検察官に対する平野宇八の供述調書によると本件被害者の一人である平野宇八は盗難を被つた夜午前二時迄起きており、被害品は同人住家階段下や土間に置いてあつたと謂うのであるから、同人方に於ける犯行は昭和二十五年四月二十六日午前二時後と認むべきであり、原審証人光橋藤一並永松義一の各証言によると昭和二十五年四月二十六日午前二時頃朝見川土手に於て被告人を逮捕したとあり、逮捕状によると逮捕の年月日時、同日午前五時、逮捕の場所、別府市朝見川堤防上とあるのでその時刻に於て相違はあるが、犯行の場所は共に別府市原区十一班で犯行の時刻と逮捕の時刻(逮捕状記載による)との間に多少の時間の経過はあるが僅二、三時間であり被害者方と逮捕の場所との距離は本件記録上明確ではないが共に別府市内で而も大都市でない同一市内で逮捕された際被告人等が本件被害品を所持していた点や賍品の数量重量よりして金田某外一名が容易に運搬し得ると思料されるのに、金田某が態々就寝中の被告人を午前二時頃呼起し賍物の運搬を依頼するとも思われない点や、検第十二号美清子の供述調書によると被告人は同月二十五日夕刻薄明い頃自宅を立出てたまま同日夜は帰宅せず裁判所の通知により初めて所在が判明したと謂う点等を考えるとき原審判決挙示の証拠により原審判決認定の犯罪事実を肯認するも理由にくいちがいがあると謂うことはできないので被告人並弁護人のこの論旨も採用し難い。

第三点量刑不当について、

仮釈放中の犯行でその悪質を大に窺われるのではあるが、本件は犯行直後発覚したため幸に被害品は全部被害者に返されたことや、被害額その他被告人の家庭の情況等を参酌するとき、原審量刑は聊過重に失するのでこの点において原判決は破棄を免れない。

仍て当裁判所は刑事訴訟法第三百八十一条第三百九十七条第四百条但書により更に裁判をする。

原審判決が確定した被告人の(一)(二)の各所為は刑法第二百三十五条第六十条に夫々該当し併合罪であるから、同法第四十五条第四十七条第十条により犯情の重い(一)の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で被告人を懲役一年に処し訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条により第一、二審共被告人に負担させることとする。

仍て主文のとおり判決する。

(裁判長判事 石橋鞆次郎 判事 筒井義彦 判事 柳原幸雄)

弁護人堤千秋の控訴趣意

第一点第一審公判に於て弁護人は被告人が自宅を出た時刻を明確にする為め被告人の妻姜清子を証人として取調あるよう証拠調の請求をなしたに拘らず原審裁判所は之を却下している。

右に対する検察官の意見は右証人の供述調書は検第十二号として証拠として提出してあるから必要でないと謂うにあるけれども、被告人は搜査中も(検第一〇号参照)公判に於ても午前二時頃金田某の呼出によつて自宅を出掛けたと供述しているのであつて、被告人及弁護人が検第十二号の提出に同意するも、その供述調書の証明力をも認めたものでないから之が証明力を争うために為された前説証拠調の請求は被告人の供述自体の信憑力にも影響ある重大なる証拠であるのみならず、検第十二号証は被告人の反対訊問の機会のない書面であるから当然許さざるを得ないものである。即ち刑事訴訟法第三百八条刑事訴訟規則第二百四条に違反するものであつて、被告人の唯一の証拠調の請求を排斥し以て之を証拠に引用した原判決は破毀を免れない。

第二点原判決は事実誤認の疑がある。

原判決引用の証拠によるも、被害の事実は明白であるが被告人が金田某外一名と共謀の上原判決摘示の第一及第二の窃盗行為をなしたとの明白な証拠はない。被告人が発見された朝見川の土手に於ける行動は証人光橋藤一及同永松義人の証言によるも盗品を所持していた点を明にしているに過ぎない。果して被告人が金田等と窃取を共にしたか不明であつて、原判決の如く右の証拠を以て窃取行為を認めんとするには少くとも発見せられた現場と窃取行為の行われた現場との距離並その状況が明白にならない限り未だ間接証拠としても不充分である。原判決は少くとも証拠によらず事実を認定した非難を免れない。

第三点原判決は刑の量定重きに失したものと思われる。被告人は原判決摘示の通り仮出獄中のものであるとしても原判決記載の第一及第二の事実による盗品は全部被害者に還付され(検証第五及九)ている上、共犯者の判明しないことは本件に於ける被告人の地位が如何なるものであつたか不明であるから被告人に有利に解さねばならない事情よりすれば原判決の懲役二年六月は重きに失したと思れる。

原判決破毀の上相当の御裁判を求むる次第である。

(被告人の控訴趣意は省略する。)

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